私の子育てと「女の子」らしさについて

我が家では、2人の娘の子育てについて特に語れるようなことはやって来なかったのだが、一つだけ意識して使わなかった言葉がある。それは正しかったと今もおもっている。

その言葉は「女の子なんだからナニナニしなさい」あるいは「女の子なんだからナニナニしてはいけない」。ある意味では「世間の常識」を教えてこなかったのかもしれない。これから娘たちが「女なのにお茶もいれない」っていわれて当惑することがあるかもしれないが、そんなことは自分で乗り越えてうまくやっていってくれるはずだ。それよりも可能性を制限されない人生を送ることのほうがすばらしく価値がある。

http://www.huffingtonpost.jp/…/29/like-a-girl_n_5540800.html

年賀状と子供の写真について(2014年11月26日)

わたしは賛成です。子供の写真の年賀状は「ああ、この子はお母さんにそっくりだなー」とか見ていて面白いものだと思います。

興味深いのは否定派の方々の意見で、様々な理由はあれど、通底しているのは「子供は公的なものではなく私的なものである」という認識だろうと思います。
(私的なものだから)「ビジネス相手に出すのは相応しくない」
(私的な自己満足にすぎないのだから)「不妊に悩む人に押し付けるべきでない」という次第ですね。

ただ、私は子供はみんなから祝福されるべきですし、社会全体がまもるべき存在なので100%親の私的なものだとは思いません。

一方の「写真付き年賀状にケチ付けるような社会だから少子化にもなる」という記事にあるようなバッシングも見当違いだと考えています。
子供の写真の年賀状を反対である個々人の人生や痛みへの想像力を失ってはなりません。

私が少子化問題に取り組みたいのは「経済活性化の為に」という産めよ増やせよ的な問題意識からではなく「男女の不平等と無策の積み重ねの結果なのだから、みんなで解決していこう」という立場からであって、そこは一貫させていきたいと思います。

http://www.huffingtonpost.jp/2014/11/23/new-year-cards-kids-photo_n_6209122.html?utm_hp_ref=japan-society

大阪府の虐待死事件と行政の役割について(2014年11月21日)


非常に痛ましい事件です。救えたはずの命を奪われてしまいました。

http://t.co/XHne8xZ9xM

児童虐待は主に、1)親の精神的な問題(鬱、ストレス、元々の気質)と2)児童側の要因(障害、健常児より育てづらい)、3)環境要因(DV、家庭内の不和、貧困)の3つから起こることが指摘されており、今回犠牲になった幼児はミオパチーという難病に罹っていたわけですが、それでも、衰弱死というのは長い期間がかかり、これより前の記事によれば虐待の目撃例があったわけですから、救える命だったと思います。

また、児童相談所は介入権があり、保健所や近隣住民から通報があった際に確かな証拠がなくても虐待の可能性が高ければ一時的に親から引き離すことが可能です。とはいえやはり母親と子供を引き離すことは重い判断ですから、それを後押しするには周辺住民からの通報が必要です。

http://www.nhk.or.jp/ohayou/marugoto/2012/10/1023.html

以前「母がしんどい」の感想文にも書きましたが、児童虐待にせよ、毒親にせよ、ブラック企業にせよ、社会というのは放っておけば家庭や企業ごとに人々が分断され、外部からの視点を欠いたまま虐待親や押しの強い人間に支配されて個々人が際限なく傷つけられていく「自由主義の海に浮かぶ独裁国家の島々」になってしまいます。

日本では行政への通報は「お上への密告」などと理解されがちで、否定的な風潮が強く残っています。しかし行政は「お上」ではありません。行政の本質的な役割は、そういった社会からの分断の解除であり、ローカルルールに支配されがちな市民に対して第三者の立場から公平さや理性を提供することです。またそういった分断を打ち破ろうという勇気をもった市民を助けることです。

私は、ホームスタートや育児サロンなどの母親の育児ストレスの解消するためのプラクティカルな対策と同時並行で、web上と現場を問わず政治家が市民との(前者から後者への一方的な押しつけや自己アピールではない)相互交流を行い、自分たちが行政と市民の架け橋になり、行政への信頼が高める努力を継続する事によって、こういった事件は確実に減っていくと思います。

子供たちの声と騒音規制条例について(2014年11月04日)

たしかに人間には興味の無い事に無関心である自由や、自分の利益に反することに意義を申し立てる権利があります。

しかし、人間はいずれ死にます。個人の自由は、自分の死後も存続し続ける社会に責任を負うことまでは含まれていません。
ですから「個人の自由」に全てを任せてしまっては社会は際限なく荒廃していってしまいます。

子供の喚声が騒音であるということは、働くお母様方の苦痛も、女性が不当に育児負担を強いられている男女不平等も、そういった矛盾の結果としての少子化問題も、全てがどうでもいいということにはならないでしょうか?

宗教が以前ほどの力をなくし、未来に責任を持つ存在が国家と自治体しかなくなった現代において、政治家は倫理そのものであり、最も求められている資質は勇気だと思います。

私は今回の都の規制解除に賛成です。政治はこういう決断をしてもいいと思います。

http://www.bengo4.com/topics/2229/

「生活保護vs子供の貧困」(2014年10月31日)

市の政治に関わり、一人一人の市民と向き合う上で、避けては通れない問題だと思い読みました。
筆者の大山典宏氏は埼玉県志木市の市役所でケースワーカーをなさった経験があり、かつ個人としてもサイトを経営して困窮者向けのアドバイスを行なってきた実績のある方です。
また、本書の構成も非常にクリアで、実例と統計の数値に富み非常に勉強になりました。

大山氏は、日本だけでなくイギリスの救民政策の歴史や欧米諸国の制度も踏まえた上で、生活保護に関する言説を、貧困の原因を社会構造に求めて生活保護の入り口を広くスべきだという「人権モデル」と、貧困の原因を個人にもとめて入り口を狭くし不必要な給付を抑えようとする「最適化モデル」に分けて説明されています。
最終的に著者は両者の折衷案である理想の福祉として「入り口は広く、出口も広く」を提唱されています。

人権は政治が重視しなければならない最も重要な原則であり、かつ生活保護は社会の安全弁ですので安易な削減は社会全体に大きな不利益をもたらしますが、一方で、生活保護には親から子への貧困の連鎖があることが認められており、拡大と同時に受給者が社会復帰できるようになるための出口戦略も明確に定める必要があるということです。

そして、行政として意味のある出口を用意する為にはNPOとの連携が不可欠であり、後半部分では全国各地で高いパフォーマンスを挙げている活動事例がたくさん紹介されています。

社会現象としての「貧困」は国家全体の経済の浮き沈みや産業構造の変化など市のレベルではどうにもできないことですが、それでも、市民と行政と政治家が連携してやれることはたくさんあります。

以下、市政のレベルで何ができるか、という点から論点をまとめます。

1.日本の貧困の実態

・ワーキングプア問題:日本の正社員比率は84年に比べて15.3%減の64.8%であり、年収200万円以下の人口は1025万人にのぼる。女性のみの世帯の43.3%がワーキングプア。失業給付を受けていない失業者の割合は77%であり、欧米諸国に比べて著しく低い。
・生活保護利用者の75.6%は単身世帯
・生活保護の開始の理由:収入の減少と喪失が27.7%、傷病が27.6%、貯蓄の減少と消失が25.4%(2012年の統計)
・受給者が一番多い大阪市では市民の18人に1人が受給し、生活保護費は2916億円で一般会計の17%
・貧困の連鎖:2006年の堺市の調査によると、受給者のうち25%が子供時代に生活保護を利用していた。そして、さらにそのうちの母子家庭の母親の66%が中卒で40.6%が子供時代に生活保護を受けていた。

2.生活保護における「人権モデル」派の意見

・論旨:水際作戦による排除をやめよ、偏見やバッシングをやめよ
・代表的な論客:日弁連
・世間に周知されたきっかけ:NHKの「ワーキングプア」(2006)と北九州市孤立死事件
・キーワード:監視社会化、行政の責任放棄、人権、利用「率」の低さ
・諸外国との比較:日本のGDPにおける生活保護費の割合は0.5%でOECD加盟国平均の7分の1、国連からも是正勧告が出ている
・不正受給について:不正受給率は低い(0.4%)、ズルをしようとする人間は巧妙に制度の穴をついてくるので手続きや基準を厳しくしても一般の受給者が困るだけ

3.生活保護における「最適化モデル」派の意見

・論旨:受給要件を厳しくせよ、社会復帰を強く促せ
・代表的な論客:財務省主計局
・世間に周知されたきっかけ:NHKの「生活保護3兆円の衝撃」(2012)と女性セブンによる芸人の母親の生活保護受給バッシング
・よく使うワード:目的外使用、脱却率(利用年数が長くなればなるほど脱却率が減って行く)、利用「数」の増加とその増加率
・諸外国との比較:米国、ドイツでは職業安定所からの仕事は原則受けなければならない。受給者一人あたりに支払われる額は日本は高い
・不正受給について:納税者の理解を得られない。2012年に兵庫県小野市が実施した生活保護者のギャンブル禁止条例には全国から1700件のメッセージが送られ、応援が六割超だった

4.筆者が提唱する貧困対策

・理想は「間口は広く、出口も広く」
・生活保護は精神病院や難民化がもたらす社会的損失に比べれば遥かに割安な社会の安全保障である
・「何を、いつまでに、どれくらいやるのか」を明確に
・これからの福祉はアウトリーチ(=訪問型)が重要
・就労支援の成功例:横浜市中区の就労準備支援事業は2011~12のあいだで受講生56人のうち48人が終了、29人が就職を果たす
・シェルター:原則3ヶ月の避難所の提供
・家計管理:生活保護受給者でこの部分でつまづいている方は多い。グリーンコープ福岡は貸し付け5億8000万のうち貸し倒しはわずか560万円、貸借付残高費0.97%を達成。
・貧困の連鎖対策:埼玉県は一般社団法人に委託して生活保護世帯の子供達への教育支援を実施している。学習支援をうけた305人中296人が高校進学に成功。
・学習支援:NPOキッズドア、タダゼミ、文化学習共同ネット
・就労支援:ワーカーズコープ(就労支援、就労意欲喚起、高齢者見守り、財産管理、学習支援)
・NPOを増やすには、それが社会にもたらす利益を可視化する評価モデル導入が必要=SROI(social return on investment社会的投資収益率)

5.イギリスの救民政策歴史は人権モデルと最適化モデルの間で揺れ動いている。

(1).救貧法(=1601年、困窮者の救貧院へ収容し最低限の物資と労役をあてがう)
(2).スピーナムランド法(=1795年、個人単位の金銭による補助)
(3).新救民法(=1834年、ワークハウスへの収容と、労働者の最下層よりも低
い水準である事が義務づけられる)
(4).戦後の福祉国家化

http://www.amazon.co.jp/%E7%94%9F%E6%B4%BB%E4%BF%9D%E8%AD%B7vs%E5%AD%90%E3%81%A9%E3%82%82%E3%81%AE%E8%B2%A7%E5%9B%B0-PHP%E6%96%B0%E6%9B%B8-%E5%A4%A7%E5%B1%B1-%E5%85%B8%E5%AE%8F-ebook/dp/B00I7OFG4G/ref=sr_1_4?ie=UTF8&qid=1413776588&sr=8-4&keywords=%E3%83%81%E3%83%A3%E3%82%A4%E3%83%AB%E3%83%89%E3%83%97%E3%82%A2

働く母親の実情について(2014年10月29日)


対話形式の記事ですが、私自身思う所が多々ありました。

・働く母親は子供に悪影響を与える、という抑圧

子供の頃は母親は働いていて私は保育園に通っていました。最初のうちは父が保育園につれていくと、家に帰りたいと大泣きしたそうです。父は辛かったと言っていますが、私はさっぱり覚えていませんし、つらい思い出もありません。むしろ保育園で遊んだ楽しい思い出がいくつか浮かんできますので、少なくとも私にとっては悪い影響はないのではないかと思っています。

いずれにせよ、こういったことを安易に一般化して早合点することは慎むべきでしょう。
人間の成長というのは非常に複雑な事象であり、心理学や教育学の分野では日々新しい発見がなされ今までの理論が覆される状態です。

例えば「母性本能」というのがどこまでが本能でどこまでが後天的なものなのかは今なお議論が続いていますし、また、そもそもの「子供は産んだ母親自身によって育てられるべきだ」という規範自体、文明が始まった頃からすでにあったものではなく、18世紀に流行した乳母による育児への批判として展開されたものです。

ですので、私も村山氏の「働いていることに関わらず、母親は子どもに対してなんらかの悪影響を与えていると思い、謙虚に」子供に接するべきだとの意見に賛成です。

・小1の壁
子供が小学校にあがることで預かり時間が保育園や幼稚園時代よりも短くなり、母親が仕事を辞めざるを得なくなる現象のことで、一般的な解決方法は学童保育の拡張です。

また、記事では、子供内で学童保育に残る組と家に帰る組に分かれ双方で遊べなくなってしまうことが指摘されており、それは行政では解決不可能ですが、子供は時代に柔軟に適応しますので、彼らなりにそういった家族のありかたの変化に合わせた新しい倫理を見つけていってくれるだろうと思います。

学童保育が充足されていくにつれ、週刊誌などからノスタルジーや特定の層に訴えかけるバッシングが出て来ることは容易に予想できますが(学童保育の子供がいじめられている、学童保育の子供が寂しい思いをしている、専業主婦の子供の方が情操が安定している…etc)、そういったものに迎合して女性の負担の軽減や多様な家族のありかたを潰してしまうようなことはしてはならないと思います。

・子育ての意味

私は、子育ては人生でもっとも楽しい活動のひとつだと思っています。
子育ての時期は、ある意味で親と子供が人生を共有する短い貴重な時間です。
ひとりの人間の人生を預かるわけなので責任は重いし、心配事も尽きませんが、親がいきいきと生きることで、子供もいきいきすることができると思っています。
私は、子育てしながら親、特に母親ががいきいき生きられる社会が今の日本に必要だと考えています。

http://www.huffingtonpost.jp/cybozu/working-mother_b_6025870.html?&ncid=tweetlnkushpmg00000067

ホームスタートについて(2014年08月25日)

https://www.facebook.com/1684716491/posts/10201781747420455
2014年08月25日
先日、越谷市の「子育てサポーター チャオ」( http://koko-chao.com/ )にお伺いしたのですが、その際に「ホームスタート」というサービスを初めて知りました。

http://www.homestartjapan.org/

出産鬱などで子育てサロンに行かれる余裕の無い親御様向けに、トレーニングを受けた育児経験者が自宅に訪問して相談を行なうものです。
1977年に英国で考案されたそうなのですが、精神的な理由や、経済的、スケジュール的な問題で子育てサロン(相談所)に行けないケースに対する有効な施策として注目を集めています。

現在、この制度は埼玉県内では和光市と加須市、越谷市で実施されていますが、越谷のそれにはほぼ公費が割り当てられていないとのことでした。

http://yoshito-terashima.com/manifoesto/%E3%83%9B%E3%83%BC%E3%83%A0%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%83%88%E3%81%AE%E5%AE%9F%E6%96%BD/

福祉制度をどんなに向上させても、十分な情報が行き渡っておらず、孤立してしまっていたら、親御さんはそこまで辿り着くことができません。

子育てサロンは予約待ち、ホームスタートへの支援はほぼゼロ、という現状をまずは改める必要があると思います。