孤独死について(2015/3/20)

私はマニフェストで孤独死の実態調査を訴えておりますが、厚生労働省によると孤独死で亡くなられている方は年間3万人に登るそうです。

孤独死者の中には事前に他人が気付いていれば助かった方も多くおられますし、遺体の損壊が激しく、第一発見者のケアマネージャーの方に心の傷を残すことも記されています。
また、現在30代後半の男性の35%が結婚していない事実を考えますと、これは将来身近なレベルで問題化することは確実ですし、早急に対策をとるべきであると考えています。

http://synodos.jp/newbook/9260

かつて個々人の生から死までを見守り孤独死のような事態を防いでいた日本の村社会にも多くの抑圧があり、また昨今のニュースを見ていてもっと個人として自律して物を考えてほしいなと思うことも多いですが、一方で、本人が気付かないところで多くのもの失わせている孤立というものの恐ろしさにこれから中高年に差し掛かる年齢の方々はもっと敏感になるべきではないかと私は強く思います。

地域社会からの孤立は老化を早め、市のサービスや福祉の情報を得づらくさせます。
また、たとえ意識のはっきりされた高齢者の方でも、福祉を受ける際にホームページや分厚い冊子を手にして、「私もそれを受けている」という友人の声がないせいで自分が本当にその条件に当てはまっているのか判断がつかず諦めてしまうというケースも多々あります。

この記事では市役所職員が家の中を確認するための手続きを簡素化することと、ヤクルトなどの業者への呼びかけ、高齢者の方にお弁当を手渡しするサービスが具体的な対策として挙げられていますが、これらのプラクティカルな対策をとりつつ、より根源的なところで、私個人としましては自主性と合理性を尊重した抑圧的でないコミュニティのあり方や、村社会と孤立の中間にある新しい倫理のあり方を模索していきたいと思います。

アベノミクスについて(2015年02月20日)

基本的に市議の仕事というのは市政の現場で育児や高齢者福祉など生活に密着した政策を遂行することで、市議会で景気や金融を議論することはないのですが、そうではあっても、私は自分たちの市や社会の未来を考えるために国家の支配的な経済政策がどのようなロジックで動いているのかを知る必要があると考えています。

今現在私が著作を読んでいる若田部昌澄氏はアベノミクスの理論的支柱といわれている「リフレ派」の経済学者の代表的論客の一人で、ノーベル経済学賞受賞者であるポール・クルーグマン氏から推薦を受けた新書が現在話題になっています。
また、少々古いですが、以下二本の記事の中でも解りやすくアベノミクスの背景の解説と評価を行なっておられます。

http://shuchi.php.co.jp/article/1495
http://shuchi.php.co.jp/article/1496

マクロ経済学の精通しているわけではないので、まだまだ咀嚼できていない部分もありますが、氏がアベノミクスが成功したのちにあるべき国のかたちとして提示されている「オープンレジーム」と「政策イノベーション」の概念の理解は市政に携わる人間にとっても重要だと思います。

以下、市政にも関わる重要な概念と経済の部分に分けて、「これだけは」と思うものを要約します。

【市政に関わる部分】

・オープンレジーム
→行政官個々人による判断や既得権益者の圧力に依拠した「裁量」よりも、新規参入者にも平等に開かれた「ルール」と「枠組み」を重視する政策思想のことです。若田部氏曰く、政策にまつわる思想はその違いから主に「オープンレジーム」と「クローズドレジーム」に分けられ、氏は前者への移行を推奨しています。
例えば、「オープンレジーム」な制度の下では産業政策は上から目線で恣意性が入りこみやすい「補助金」というかたちではなく、市場の個々のプレイヤーの自主性を重視し平等に民間側のお金を増やす「減税」という形でなされます。
また、生活困窮者への支援に関しては、現状のように役所の職員の判断によってその人の生き死にが左右されるような状態ではなく、ある一定基準を満たせば人間の判断をへずに受給の可否と受給額が決定される「負の所得税」や「ベーシックインカム」のような形態になり、市議や役所の役割も困窮者を窓口でブロックする等して見かけ上の生活保護額を減らすことではなく、どうやって生産の場への復帰を促し貧困の連鎖を断ち切るかの出口戦略に注力するという「入り口は広く、出口も広く」なかたちになるでしょう。

http://shuchi.php.co.jp/…/imag…/article/zu_wakatabe_hyo2.jpg

・政策イノベーション
政治家が注力すべきなのはあくまで規制緩和や金融政策などの政治家だけにしかできない制度面でのイノベーションであり、産業政策などの上からの介入で産業上のイノベーションを無理矢理起こそうとするような施策は控えるべきだということです。
若田部氏いわく、日本はすでに他の先進国で実施されているオープンレジームな政策の構築では大きく遅れをとっていますが、逆にいえばすでに様々なことがやり尽くされ壁に直面している欧米諸国に比べてそれだけキャッチアップの余地があるということであり、チャンスであり、職業としての「政治家」の役割は今後もっと重要になってくると言えます。

【国家経済の部分】

・デフレ
→市場に出回るマネーの量が少なすぎることで発生する貨幣現象のことです。
基本的にデフレ経済下では
1)物の価値がマネーに比べて相対的に下がるので、これから働いて稼ごうという人や消費意欲のある若者や現役世代よりもすでに資産を持っている人の方が有利である
2)現役世代の生産やイノベーションに回るような株式の購入や投資よりも、利率は低いが大量に購入すれば低リスクで安定した利益が出る国債の方が商品価値が高くなってしまう
3)商品の値段に比べて労働者の賃金は下げづらいため、企業は売値の下落による収益悪化を雇い控えや労働環境の切り詰めで対応しようとする
と言われ、90年代後半から現在に至る不景気の主原因であると言われています。

・リフレーション
→金融緩和(=日銀による国債買い入れ等)によって市場に出回るお金の量を増やし、市場の「将来的に株や資産の利率はこれくらい 上がるだろう」という予想インフレ率を上げることで、資産家や企業のムードを「溜め込みよりも投資をした方が得だ」という方向に誘導し、デフレを脱却して 景気の回復を図る経済手法です。また、景気回復による税収増と年率2%程度のルールに沿ったマイルドなインフレが起こることで、いわゆる「国の借金」も返済可能になります。

・アベノミクス
→大胆な金融緩和(=第一の矢)をやりたかった安倍首相と、財政政策(=第二の矢)がやりたかった麻生太郎氏、国家主導の成長戦略(=第三の矢)がやりたかった甘利明氏という三人の政治家の意向が合わさって出来た脱デフレのための経済レジームのことです。そして、これらのうちでリフレーションがバックボーンとなっているのは主に第一の矢です。

・リフレ派
→基本的にアベノミクスは金融緩和に強い関心を持つ安倍首相の意向で実施されたものですが、リフレーションという手法それ自体を評価する人(あるいはそれに反発する人)は与野党を問わずいらっしゃるそうです。具体的には、自民党で最古参のリフレ派は福岡7区の山本幸三氏であり、また、野党である民主党でも馬淵澄夫氏や金子洋一氏、宮崎タケシ氏などがリフレ派を自認しておられます。
また、彼らは基本的に中~低所得層を痛めつけ消費を冷え込ませる消費税増税には反対の立場です。

・若田部氏のアベノミクスに対する評価
以下の図が非常にわかりやすいのですが、リフレ派の人達は大規模な金融緩和を行なうことで「ドミノ倒し」的に消費増加や円安による輸出増加、投資の拡大が起こると想定しており、その点で第一の矢を非常に高く評価しておられます。しかし一方で、経済政策の3つの柱(*)の一つである再配分の面で、生活困窮者が保護を受けづらくなる生活保護法の改正案には重大な懸念を表明しており、またデフレ脱却後のビジョンが不明瞭であることや、今現在のリフレ政策自体が「ルール」ではなく安倍首相や黒田総裁といった個々人の意向により過ぎていることから、改良が必要であると述べられています。

http://shuchi.php.co.jp/userfiles/…/article/zu_wakatabe3.jpg

*経済政策の3つの柱
①「不況を克服する」(安定化)
②「経済成長を維持する」(効率化)
③「誰もが人並みの生活をおくるれるようにする」(所得再分配)
http://www.yomiuri.co.jp/…/wol/opinion/gover-eco_090928.html

http://www.amazon.co.jp/%E3%83%8D%E3%82%AA%E3%82%A2%E3%83%99%E3%83%8E%E3%83%9F%E3%82%AF%E3%82%B9%E3%81%AE%E8%AB%96%E7%82%B9-PHP%E6%96%B0%E6%9B%B8-%E8%8B%A5%E7%94%B0%E9%83%A8-%E6%98%8C%E6%BE%84/dp/4569824226/ref=sr_1_1?s=books&ie=UTF8&qid=1424226401&sr=1-1&keywords=%E3%83%8D%E3%82%AA%E3%82%A2%E3%83%99%E3%83%8E%E3%83%9F%E3%82%AF%E3%82%B9

ペットの大量遺棄事件について(2015年02月12日)

最近山林でのペットの大量遺棄の報道が目立ってきています。
埼玉の近郊でいえば、元ペットショップの店員が栃木県の鬼怒川河川敷に40頭の犬の亡骸を遺棄して逮捕された事件がありましたが、同様の事件は群馬、山梨、埼玉、佐賀でも発生しています。

http://news.livedoor.com/article/detail/9496507/

ペット業者からの犬の引き取りを自治体が拒否できる改正動物愛護法が施行されたのは昨年2014年のことです。帳簿の登録や健康安全計画の作成を義務化するというそれ自体決して悪い法律ではないものの、繁殖工場で子犬を大量に生ませオークションで販売するという大量生産モデルから業界と飼い主側が抜けきれていません。

現在、ペットショップで売られている犬の多くは個人経営のブリーダーではなく繁殖工場という金網に閉じ込めた母犬を死ぬまで糞尿を出しっ放しの劣悪な環境で子犬を生ませ続ける施設の中で「生産」されています。そして、競りにかけられてペットショップに届いたのちも、一般的に市場での取引価格は成犬よりも子犬の方が高いので、同じショウケースのスペースを占めさせるのであれば売れ残った犬を処分して新しく仕入れた子犬を据えた方がいいということになってしまうため、次から次へと処分されてしまうのです。

http://synodos.jp/society/12723

もっとも、この問題を調査研究している朝日新聞メディアラボの太田氏曰く、自治体での殺処分自体は順調に減少しているとのことで(太田氏が取材を始めた頃は8万頭ほど、2012年は39359頭。過去には20~30万頭処分されていた時代もあり)、恐らく業者によって不法に遺棄されている頭数を含めても減少しているとは思うのですが、ペットを飼う側にも規制を敷き義務が課せられるドイツのような先進国の水準にはまだ至っていません。

そして、今すぐ業者や消費者に対して全面的に業態や意識の改革を求めることは難しいものの、行政とメディアという2つのファクターのそれぞれに対して、太田氏は以下の提案をしています。

【行政】
→「嫌われる行政」になることを覚悟して業者と飼い主に圧力をかけること
→指標は返還率と譲渡率
→譲渡に関しては、譲り渡しを個々人に限定せず動物愛護団体などへの団体譲渡を認めること
→業者の監視や指導はアポをとらずに抜き打ちで行なうこと
→定時定点回収はやめましょう(いわゆるゴミ回収と同じシステムで動物を引き取ること。茨城ではすでに取りやめ、殺処分件数を減らしている)
→熊本県は安易に引き取りを求めてきた市民に対して説得を行なっている
→愛媛県は殺処分の現場を飼い主にみせるツアーを行なっている

【メディア】
→動物やペットの「かわいさ」を前面に押し出した番組づくりは自重すべきではないか?
→共に生き、共に老い、死ぬまで面倒を見るという命を扱うことの本質から目を背けさせている
→「動物は視聴率がとれる」という安易な考え方を止める
→殺処分をなくすことについての啓蒙をする

技術的失業とシンギュラリティについて(2014年12月24日)

「技術的失業」という言葉は聞きなれませんでしたが、なるほど面白いと思いました。

「技術的失業」とは技術の進歩により、今まで5人で行なわなければならなかった作業が1人で出来るようになってしまったりすることにより発生する失業のことです。はじめは産業革命が起こった19世紀に経済学者によって提唱され、その後一旦忘却されたものの近年ITの普及によって再検討されるようになっているようです。

近年話題の経済学者トマ・ピケティは「21世紀の資本」の中で現在の資本分配率が近年上昇傾向にあり、最終的にこれが上がりすぎると、能力主義や国民間の平等という民主主義の原則と資本主義経済が矛盾(=能力のある人間よりも親がお金持ちのセレブの方が発言力をもつようになる、所得格差が開き過ぎてお金もちの国民とそうでない国民が分裂する)を来すようになり、危機的な状況に陥るとも主張しています。

「技術的失業」が蔓延することで、機械や人工知能が人間の事務作業や肉体労働を自動化して雇用がなくなり、最終的に生産設備を持っている産業資本家と金融資産家が社会の全てを手にすることになるという未来像は、資本家が労働者を必要とせず利益をあげる社会ですから、資本分配率が極限まで上昇してしまった社会とも言えそうです。

この記事の筆者は概ね上に記したような展開は避けられないとした上で、そういった機械が勝利した世界へ人間が軟着陸するための手段としてベーシックインカムを提唱しています。

http://synodos.jp/economy/11503

冒頭にも書いたように、技術的失業は19世紀から危惧されていたことですが、なくなった仕事以上に、あたらしい仕事も無数に生まれているのも確かです。簡単に人間の仕事がすべて機械に置き換わってしまうことはなかなか想像がつきません。

しかし、記事にもあるようにシンギュラリティ、つまり価値観がひっくり返ってしまう特異点が歴史上何回かあったことも事実です。もしそのような時が訪れた時もそれをつかんで、的確な政策を打ち出せるように社会や経済の情報に注意深くあらねばならないと感じました。

「母がしんどい」の感想(2014年10月19日)

可愛いイラストなのですが、内容自体は非常に気の滅入る、読み進めるのが大変な漫画でした。

娘の人生を自分の一部と考え、自主性もプライバシーも一切尊重せず、ことあるごとに「育ててやったんだから」という反論不能なロジックを持ち出して怒鳴りつけ、全てを押しつぶす母親。
母親を一切諌めず、育児に関わらず、最終的に「親のありがたさは親が死なないとわからない」という「呪いの言葉」を娘に送りつけ苦しめてしまう父親。
そして、ここが一番重要なのですが、娘である筆者は、本能的に自分の親が「おかしい」と分かっているものの、自分が住んでいるのが貧しいわけでも家庭崩壊にも陥っているわけでもない「普通の家庭」であることから、自分の違和感に確信が持てず、精神だけでなく性格の面でも徐々に母親に浸食されていくわけです。

自分の育児を振り返ってみると残念ながら思い当たる節があります。

私の父親不機嫌なことが多い人だったため、内心で反感を抱いていたものの自然と「父親とはそういうものだ」という感覚がみについてしまいました。初めての子ができたあとも自分が家庭で不機嫌でいても特段問題だとは考えていませんでした。

しかし、妻は私とは対照的に子供を怒鳴りつけたりしない寛容な家庭の出だったので、そういった私の態度に強く反対してくれました。紆余曲折はありましたが結果的に私は態度を改めることに成功しました。

もし妻がそれを教えてくれなかったら、自分自身が子供時代に嫌でたまらなかったことを無意識のうちに娘達に押し付けることを未だに続けていて、さらに重荷や傷を与えてしまったのではないかと背筋が寒くなりました。

wikileaksの創始者であるジュリアン・アサンジは現代の「企業」というものについて「自由主義の海に浮かんだ独裁国家の島々」と呼びましたが、意地悪ないいかたをすれば家庭もそうです。

企業にせよ家族にせよ、集団というのは、人数が少なくなればなるほど、声が大きく自分の判断力と認識に並外れた自信を持った「おかしな人」に引き摺られやすくなります。

私が子供の頃に起こった連合赤軍の総括事件はまさにそうですし、また、「家族愛」が大義名分として通ってしまいがちな日本では、尼崎市での連続殺人事件や北九州監禁殺害事件など「家庭」の中で凄惨な暴力が振るわれる事件が後を絶ちません。閉じられた集団の中で「洗脳」が当たり前のように行なわれ、暴論が当たり前のルールとして通用し、イデオロギーや「家族愛」の名の下に暴力が正当化されるという構造です。

市議候補という立場柄、どうしても「男女平等」「市政にビジネス感覚を」といった「理念」を口にするだけで「みんなの気持ちを代弁した」と気分がよくなってしまうことがあるのですが、社会というのは基本的に「家族」で分断されており、マンションや住宅街の灯りの数だけ別の世界が存在し、私が常識だと思っているものはごく限定的にしか共有されておらず、もしくは完全に私個人の妄想にすぎないのだという疑念を常に持ち続けなければならないなと思いました。

この漫画の母親の行動原理は突き詰めて言えば「優れた者(=親)は劣った者(=子)の人生に介入し引き上げてあげる権利がある」という権威主義ですが、人間の倫理観というのはそう簡単に変わる物ではありませんし、「介入」と「機会を与えつつ自主性を尊重して見守る」というリベラルな育児の境界というのは実際には非常にあいまいなので、加害者である親をどうにかするというのはほぼ不可能です。

なので、重要なのは被害者が自分の家庭を客観視して他者と「対話」をすることができる場所を与える事だと思います。

また、それは学校や職場のようにお互いが気をつかって発言に抑制がかかってしまうような場所ではなく、匿名で無責任に自分の主観を押し付けがちなネット空間でもなく、筆者が通ったクリニックや、同じ悩みを抱えた人々のコミュニティや、勉強会など、マナーをもちつつ自由に議論をする「弱いつながり」に基づいた場所であることが望ましいといえます。

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ある企業の興味深い社会実験について(2014年10月16日)

このように制度を極限までゆるめる施策はおもしろいですね。

マネージメント力の高さや、生産性の高さなどを社会に訴えることができ、企業の評価があがりますし、優秀な人材も集めやすくなります。

女性の社会進出策としても効果があると思います。

日本でも導入する企業が増えてきてくれたらいいとは思いますが、しかしその場合は、日数の上限をなくすだけでなく、休暇取得に上司の許可をとらなければならない制度とか、職場の空気を読まなければならないという風土も変える必要があります。

過酷な労働を強いることで利益をあげるいわゆるブラック企業がよく報道されていますが、日本でもはやく生産性の高さや、社員の士気の高さで利益をあげる企業が増えていくべきです。

日本企業でもこういう「実験」をやってみて欲しいですし、その結果をちゃんと公表すれば世の中はもっと面白くなるのではと思います。

「台風リアルタイムウォッチャー」の素晴らしさについて(2014年10月13日)

これは素晴らしいですね。

http://typhoon.mapping.jp/

見た目が美しく、時系列の情報の整理の仕方が洗練されていて、台風や地震といった事象の全体像を一目で把握できるようになっています。

このサイトは、google earth の台風の推移と会員数200万人以上のウェザーニュース(http://weathernews.jp/)に寄せられた投稿を一覧できる形になっています。
気象情報という客観(=科学的な事象の把握)と、投稿という主観(=個人にとってそれが何だったか)を重ねあわせていることがポイントですね。

ひとことで台風といっても、「強風」「水害」「ライフラインの停止」「交通遮断」など、それが通りかかった地理的条件によって起こる事は様々であり、また、単純に中心から数字百キロメートル以内の暴風圏だけが被害をもたらすわけではありません。

このアプリケーションはCode for Japanというオープンデータを用いて行政や政治を変えていこうという団体で紹介されたものです。

私は、このようなかたちで市民の方がオープンデータを用いて情報を可視化することで、行政がより具体的に地域の弱点を把握できるようになり、議員の主観や口利きに引っぱられず公平に施策を行なえるようになるのではないかと思います。

是非ご覧下さい!

青色LEDに関する最も読み応えのあった記事(2014年10月09日)

今回の青色LEDのノーベル賞受賞に関しては、この記事が一番読み応えがあり面白かったですね。

「世界で消費される電力の4分の1は照明に使われている。エネルギー節約に対するLEDの 貢献は巨大だ。同時に白熱電球の1000時間、蛍光灯の1万時間と比較して、LEDの寿命は2万5千時間以上もある。」

青色LEDがその他の色のそれに比べて作るのが非常に難しことは日本の報道でもわかるのですが、投資家や起業家の観点から「何が可能になるか」や「社会的にどういう意味があるのか」ということについてのコメントも欲しいと思っていました。

また、この記事の著者のコースラー氏は私が以前勤めていたサン・マイクロシステムズの創設者であり、CEOでもあったひとです。インターネットの普及に貢献した同社につづいて、青色LEDにも出資していたことは青色LEDの将来性が確かなものだという証左であるように感じました。

http://jp.techcrunch.com/2014/10/09/20141008could-a-nobel-prize-winning-innovation-have-almost-been-overlooked-by-silicon-valley/

古市憲寿氏「だから日本はずれている」の感想(2014年09月30日)

友人に勧められて古市憲寿氏の「だから日本はずれている」を読みました。

意地悪で、刺激的で、面白い本で、読んでいて身につまされるところも多くありました。日本の低迷の原因である「おじさん」の判断の誤りはどこから来るのかの分析はある程度当たっていると思います。

自分も「おじさん」のひとりとして、古市氏のいう「ズレ」を生み出し日本を衰退のルートに乗せてしまった責任を多少なりとも負わなければならないと思いました。

古市氏が述べる「おじさん」というのは、経済成長などの幸運が重なり既得権益の仲間入りをすることができ、その恩恵を疑うことなく毎日をすごしている社会の牽引役の中高年層のことです。

経済紙がとりあげる成功例やバズワードに踊らされ、生存バイアスのことを無視して陳腐で抽象的なリーダー論や人生論をぶち、自分たちのサービスや製品の本質的価値について全く考えないまま失敗を重ねる。そんな「おじさん」達の存在のくだらなさが、入社式の際の各社の社長訓示の比較(=『創造性を発揮しろ』『国際感覚を持て』『若さを発揮し組織に飼いならされるな』等、若者に革新性を期待するくせに、どの会社でも、いつの時代も同じようなことを言う)に凝縮されているように思えました。

また、本書の後半で指摘されている、自己充足的で、ヨコのつながりを大事にし、ダウンシフトして生きて行くというかたちで社会に「抵抗」する若者達の実像は興味深いものでした。実際に私の娘達にもそこで指摘されているような傾向があることに気が付きました。

以下、ここが重要なのかなという読書メモです。

1.おじさん:いくつかの幸運(=高度成長、実家の文化資本)が重なり既得権益の仲間入りをすることができ、その恩恵を疑うことなく毎日をすごしている社会の牽引役の中高年層のこと。

2.生存バイアス:一部の「成功者」のサンプルのみに着目して間違った判断をしてしまうというバイアス。その背後に淘汰されていった失敗者が存在することを無視してしまっている。

3.ハイパーメリトクラシー:ペーパーテストのような定量的な指標ではなく、「生きる力」や「コミュニケーション力」といった定義が曖昧で個人に人格の変化を強いるような指標が重要視される潮流のこと。若者に対する抑圧であり、無責任な期待であると指摘されている。

4.J-POP:小室哲哉によって完成されたと言われている主語と目的語をはっきりさせず、語の意味を重視せずにひたすら共感を呼びそうな心理描写を並べ、「退屈な日常から抜け出す」ことを志向する美学形態。音楽だけではなく、日本の極右思想や自民党の改憲草案などもこれから逃れられていないと古市氏は指摘している。

「change my life 前世があったら 絶対に maybe stray cats 路地裏の」(安室奈美恵『sweet 19 blues』の歌詞)

5.本質的価値:それが欠けていたら他の全てが優れていても消費者が離反してしまうというような核心的価値のこと。家電の場合は「価格が適性」で「性能がよいこと」、医療の場合は「診察が上手く」「病気が治る事」。

6.ダウンシフター:高給&激務の働き方よりも給料が低くても自由な時間(=週休3日など)の確保できる働き方を優先する人々のこと。社会学者のジュリエット・ショアが提唱した言葉で意味は「減速生活者」。古市氏は、かつての「新しい村」のようないきなり共同体を立ち上げて閉鎖的な自給自足を目指す運動にくらべ、健全であり可能性があると述べている。

7.コンサマトリー:社会学用語で、日本語では「自己充足的」。「いま・ここ」にある身近な幸せを大切にする感性のこと。古市氏は現代の日本の若者の幸福度や行動原理についてこれで説明可能であると述べており、マイルドヤンキー論とも通底している。

8.ヤンキー:様々な定義があるが「ヤンキーが面白いと思う漫画は必ずヒットする」(東村アキコ)。実際に東京オリンピック誘致でもEXILEを起用するなどしてこの層にシフトしたマーケティングがなされた。

http://www.amazon.co.jp/%E3%81%A0%E3%81%8B%E3%82%89%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AF%E3%82%BA%E3%83%AC%E3%81%A6%E3%81%84%E3%82%8B-%E6%96%B0%E6%BD%AE%E6%96%B0%E6%9B%B8-566-%E5%8F%A4%E5%B8%82-%E6%86%B2%E5%AF%BF/dp/4106105667