松尾匡氏の「内集団ひいきの武士道vsウィン・ウィンの商人道」について(2014年10月03日)


少々腰を据えて読まなければならない内容でしたが、とても明快な記事でした。いままでビジネスや政治について経験に基づいて感じ取っていたルールやセオリーが、厳密な論理の裏付けがあったことにとても勇気づけられます。

http://synodos.jp/economy/10828/1

筆者は、
「社会における『倫理』のかたちは、複数のプレイヤー間で利益の最大化を目指す抽象的なゲームに基づいた『ゲーム理論』で論理的に導き出すことができる。倫理を形成する際の重要な要素は匿名性(=相手の素性の分かりにくさ)と流動性(=グループメンバーの入れ替わりやすさ)である。」
という前提に立ったうえで、
「日本の伝統的な倫理は組織に忠誠を誓う『武士道』のみにあらず。匿名性と流動性に基づいた市場の倫理である『商人道』こそがこれからの社会であるべき倫理である」
と結論付けています。

現代社会における最も根源的な傾向は、インターネットや価値観の多様化による「匿名化」と、グローバリゼーションや規制緩和による「流動化」です。そして、これらが今後も加速して行く場合、最も軋轢が少なく、闘争になる可能性が低く、高パフォーマンスが出せる価値観は、人間を内と外にわけ「忠誠」を重視する今も日本の組織で脈々と受け継がれている武士道的価値観ではなく、「他人」に対する「誠実さ」を優先する近江商人に代表されるような「商人道」だということです。

この結論はグローバル企業で自分が学んだ価値観と一致しますが、実はそれはもともと日本にあった倫理観であって、海外から輸入された全く新しい価値観ではなかったということです。

企業不祥事などの問題が噴出したのを受けて、「日本人の倫理観が薄れたせいだ、昔の武士道を思い起こせ」というような論評は最近とみにみられますが、筆者によればその見立ては間違っていて、武士道の強調は事態をますます悪化させると論じています。

ニュースを読んで新しい知見を得る事は重要ですが、自分が既に知っていることや善悪の根拠を学ぶことで、自信をもって判断を下し、公言することができるようになるのではないかと思います。

以下、備忘録を兼ねてポイントをメモをしますが、この中でも特に面白いのは「内集団びいき」と「カンドリ型規範」ですね。

1.ソーシャルキャピタル(社会関係資本)
ある社会における、人々の間での信頼関係の豊かさが、社会活動を行う上での財産になるということです。
例えば、詐欺や盗みのような裏切り行為が日常茶飯事(=ソーシャルキャピタルが低い)な社会では、人はのびのびとビジネスを行なう事ができず、それを行なうにしても自分で安全を確立するために高いコストを支払わなければなりません。

2.内集団ひいき
人間は、完全にランダムに分けられた必然性のない2グループ間でも、ある人が身内か否かが分かっている状態では資源を自グループに優先して配分します。
その理由は「いいことをしたらお返ししてもらえる(=『グループ』とはそういうものである)」という根拠のない予期です。
どんな美学や伝統を掲げていても、お互いの素性が分かっている閉鎖的な集団の「倫理」は結局それに基づきます。

3.カンドリ型規範
人に協力する人は一般的には「よい人」ですが、「悪い人に協力するのはよいことか、悪いことか」という問いに対して、「悪い人に協力する人は悪い人である」と考えるという規範のことです。
ある集団がこういった規範を持つと「こちらのグループのメンバーに対して悪事をなした奴に味方する奴は悪い奴だ」→「悪事をなした奴が所属しているグループは全員敵だ」というショートカットが発生し、戦争や差別の原因になります。

4.商人道
江戸時代の商人道徳に見られる、「組織」に対する「忠実さ」よりも「他人」に対する「誠実さ」を優先する、武士道とは真逆の「市場の倫理」です。日本の商人道だけではなく世界中で普遍的にみられます。集団の倫理というのはつまるところ以下の2つのうちのいずれかになるのではと指摘されているようです。

・市場の倫理=商人道:暴力を締め出せ、自発的に合意せよ、正直たれ、他人や外国人とも気安く協力せよ、競争せよ、契約尊重、創意工夫の発揮、新規・発明を取り入れよ、効率を高めよ、快適と便利さの向上、目的のために異説を唱えよ、生産的目的に投資せよ、勤勉なれ、節倹たれ、楽観せよ。

・統治の倫理=武士道:取引を避けよ、勇敢であれ、規律遵守、伝統遵守、位階尊重、忠実たれ、復讐せよ、目的のためには欺け、余暇を豊かに使え、見栄を張れ、気前よく施せ、剛健たれ、運命甘受、名誉を尊べ。

ぜひ一読されることをおすすめします。

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