日本の「部活動」の特殊さについて(2015年02月25日)


私は先日、橋下市長の部活動外注化の提案について書きましたが、身体教育学の専門家である中澤篤史氏によればやはりこの「運動部」というシステムは世界的に見て特殊なようです。

http://synodos.jp/education/12417
http://yoshito-terashima.com/%e9%83%a8%e6%b4%bb%e3%81%ae%e5%a4%96%e6%b3%a8%e5%8c%96%e3%81%ab%e3%81%a4%e3%81%84%e3%81%a6%ef%bc%882014%e5%b9%b410%e6%9c%8802%e6%97%a5%ef%bc%89/

日本の運動部の特殊さは、
1.ほぼ学校のみで行なわれており
2.非常に多くの関連団体があり
3.加入率が高く
4.活動時間が長い
ということです。

まず、中澤氏は子供がスポーツに参加する場に注目しており、地域が中心となっている北欧先進国や学校と地域の両方に倶楽部がある英米などのアングロサクソン諸国に比べ、日本は圧倒的に「学校中心」であるとしています。

また、学校の部活で行なわれている種目が30種類と非常に多く、それと同じだけのスポーツ連盟が存在し、言い換えれば日本人にとっての「スポーツ」の概念はほぼ「学校」が形作っていると言えます。

さらに、日米英の三か国で比べた場合、シーズン制を敷いている米国や週に2~3回ほどしか行なっていない英国と比べて、日本は圧倒的に活動時間が長くかつ加入率が高いと言われています。

ここで私が注目したいのが、日本の部活動は一体何のために行なわれているのかということです。
たとえば、それが全てでないことはわかるものの、単純にスポーツを振興してオリンピックで金メダルをたくさん取りたいというのであれば、これだけ多くの子供達が参加して多量の資本と時間が投入されているにもかかわらずメダル数は人口が日本のはの半分程度のフランスや6分の1のオーストラリアよりも劣る成績であり全く効果を上げていません。
また、学校を卒業したのちの健康寿命や成人のスポーツへの参加率という面でも、他国より特別優れているというわけではありません。

http://www.ssf.or.jp/archi…/sfen/opinion/opinion_050915.html

中澤氏は記事の最後の図で日本の部活動を「人格形成」と述べておりますが、私から言わせれば、そこで形成される「人格」というのは、上記の分析を踏まえれば、

1.社会の中心は一つである(=学校中心)
2.中心での活動に全てを捧げよ(=高い加入率)
3.上下関係を尊守せよ(=先輩後輩、年功序列)
4.ダラダラとでもいいから最後まで持ち場を離れるな(=生産性の低い長時間活動)

ということになるのであって、それはまさに今現在様々な限界が指摘されている終身雇用を前提とした正社員システムであり、また、ホームレスや社会的弱者などの「中心」からドロップアウトしてしまった方々に対して非常に厳しい精神性とも通底しているとも思います。

私は、正社員システムを必ずしも否定しませんが、これから人口減社会を迎える日本は一人一人が個人として自立し諸外国の労働者に負けないよう生産性を高めていかなければならなくなると考えており、そういった時代の流れと上記のような部活動で養われる「人格」はますますかけ離れていくのではないかと思います。

子供達の自主性や幅の広い人間感を養うことを目的とし、学校での勉強を阻害しない程度のレクリエーションにダウンシフトするか、本気でやりたいのであれば素人の教員ではなくプロによる適切な指導の下で上を目指す(=時間あたりの効果を追求する)方向にシフトしていく必要があります。