孤独死について(2015/3/20)


私はマニフェストで孤独死の実態調査を訴えておりますが、厚生労働省によると孤独死で亡くなられている方は年間3万人に登るそうです。

孤独死者の中には事前に他人が気付いていれば助かった方も多くおられますし、遺体の損壊が激しく、第一発見者のケアマネージャーの方に心の傷を残すことも記されています。
また、現在30代後半の男性の35%が結婚していない事実を考えますと、これは将来身近なレベルで問題化することは確実ですし、早急に対策をとるべきであると考えています。

http://synodos.jp/newbook/9260

かつて個々人の生から死までを見守り孤独死のような事態を防いでいた日本の村社会にも多くの抑圧があり、また昨今のニュースを見ていてもっと個人として自律して物を考えてほしいなと思うことも多いですが、一方で、本人が気付かないところで多くのもの失わせている孤立というものの恐ろしさにこれから中高年に差し掛かる年齢の方々はもっと敏感になるべきではないかと私は強く思います。

地域社会からの孤立は老化を早め、市のサービスや福祉の情報を得づらくさせます。
また、たとえ意識のはっきりされた高齢者の方でも、福祉を受ける際にホームページや分厚い冊子を手にして、「私もそれを受けている」という友人の声がないせいで自分が本当にその条件に当てはまっているのか判断がつかず諦めてしまうというケースも多々あります。

この記事では市役所職員が家の中を確認するための手続きを簡素化することと、ヤクルトなどの業者への呼びかけ、高齢者の方にお弁当を手渡しするサービスが具体的な対策として挙げられていますが、これらのプラクティカルな対策をとりつつ、より根源的なところで、私個人としましては自主性と合理性を尊重した抑圧的でないコミュニティのあり方や、村社会と孤立の中間にある新しい倫理のあり方を模索していきたいと思います。