大阪府の虐待死事件と行政の役割について(2014年11月21日)



非常に痛ましい事件です。救えたはずの命を奪われてしまいました。

http://t.co/XHne8xZ9xM

児童虐待は主に、1)親の精神的な問題(鬱、ストレス、元々の気質)と2)児童側の要因(障害、健常児より育てづらい)、3)環境要因(DV、家庭内の不和、貧困)の3つから起こることが指摘されており、今回犠牲になった幼児はミオパチーという難病に罹っていたわけですが、それでも、衰弱死というのは長い期間がかかり、これより前の記事によれば虐待の目撃例があったわけですから、救える命だったと思います。

また、児童相談所は介入権があり、保健所や近隣住民から通報があった際に確かな証拠がなくても虐待の可能性が高ければ一時的に親から引き離すことが可能です。とはいえやはり母親と子供を引き離すことは重い判断ですから、それを後押しするには周辺住民からの通報が必要です。

http://www.nhk.or.jp/ohayou/marugoto/2012/10/1023.html

以前「母がしんどい」の感想文にも書きましたが、児童虐待にせよ、毒親にせよ、ブラック企業にせよ、社会というのは放っておけば家庭や企業ごとに人々が分断され、外部からの視点を欠いたまま虐待親や押しの強い人間に支配されて個々人が際限なく傷つけられていく「自由主義の海に浮かぶ独裁国家の島々」になってしまいます。

日本では行政への通報は「お上への密告」などと理解されがちで、否定的な風潮が強く残っています。しかし行政は「お上」ではありません。行政の本質的な役割は、そういった社会からの分断の解除であり、ローカルルールに支配されがちな市民に対して第三者の立場から公平さや理性を提供することです。またそういった分断を打ち破ろうという勇気をもった市民を助けることです。

私は、ホームスタートや育児サロンなどの母親の育児ストレスの解消するためのプラクティカルな対策と同時並行で、web上と現場を問わず政治家が市民との(前者から後者への一方的な押しつけや自己アピールではない)相互交流を行い、自分たちが行政と市民の架け橋になり、行政への信頼が高める努力を継続する事によって、こういった事件は確実に減っていくと思います。

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