働く母親の実情について(2014年10月29日)



対話形式の記事ですが、私自身思う所が多々ありました。

・働く母親は子供に悪影響を与える、という抑圧

子供の頃は母親は働いていて私は保育園に通っていました。最初のうちは父が保育園につれていくと、家に帰りたいと大泣きしたそうです。父は辛かったと言っていますが、私はさっぱり覚えていませんし、つらい思い出もありません。むしろ保育園で遊んだ楽しい思い出がいくつか浮かんできますので、少なくとも私にとっては悪い影響はないのではないかと思っています。

いずれにせよ、こういったことを安易に一般化して早合点することは慎むべきでしょう。
人間の成長というのは非常に複雑な事象であり、心理学や教育学の分野では日々新しい発見がなされ今までの理論が覆される状態です。

例えば「母性本能」というのがどこまでが本能でどこまでが後天的なものなのかは今なお議論が続いていますし、また、そもそもの「子供は産んだ母親自身によって育てられるべきだ」という規範自体、文明が始まった頃からすでにあったものではなく、18世紀に流行した乳母による育児への批判として展開されたものです。

ですので、私も村山氏の「働いていることに関わらず、母親は子どもに対してなんらかの悪影響を与えていると思い、謙虚に」子供に接するべきだとの意見に賛成です。

・小1の壁
子供が小学校にあがることで預かり時間が保育園や幼稚園時代よりも短くなり、母親が仕事を辞めざるを得なくなる現象のことで、一般的な解決方法は学童保育の拡張です。

また、記事では、子供内で学童保育に残る組と家に帰る組に分かれ双方で遊べなくなってしまうことが指摘されており、それは行政では解決不可能ですが、子供は時代に柔軟に適応しますので、彼らなりにそういった家族のありかたの変化に合わせた新しい倫理を見つけていってくれるだろうと思います。

学童保育が充足されていくにつれ、週刊誌などからノスタルジーや特定の層に訴えかけるバッシングが出て来ることは容易に予想できますが(学童保育の子供がいじめられている、学童保育の子供が寂しい思いをしている、専業主婦の子供の方が情操が安定している…etc)、そういったものに迎合して女性の負担の軽減や多様な家族のありかたを潰してしまうようなことはしてはならないと思います。

・子育ての意味

私は、子育ては人生でもっとも楽しい活動のひとつだと思っています。
子育ての時期は、ある意味で親と子供が人生を共有する短い貴重な時間です。
ひとりの人間の人生を預かるわけなので責任は重いし、心配事も尽きませんが、親がいきいきと生きることで、子供もいきいきすることができると思っています。
私は、子育てしながら親、特に母親ががいきいき生きられる社会が今の日本に必要だと考えています。

http://www.huffingtonpost.jp/cybozu/working-mother_b_6025870.html?&ncid=tweetlnkushpmg00000067

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