「嫌われる勇気」の感想(2014年10月24日)


活動の傍ら、流行っている「嫌われる勇気」を読了しました。
アドラー心理学を分かりやすく解説している本で、いままで漠然と思っていたことがクリアになりました。
様々な観点から読むことができる本ですが、政治家を志す自分を勇気づけてくれた部分を紹介します。

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アドラーよれば、人生に対する考え方には2つあるという。

ひとつ目のキーネーシスな人生というのは、行動を始まりと終わりの点と線で考え、到達する事を目的とし、ショートカットや合理化を模索し、人生を物語として捉える生き方。

他方、エネルゲイアな人生は、到達ではなくそこに至る途中の瞬間瞬間の「いま、ここ」を重視し、常に「いま自分はそれを楽しんでいるのか」と問いかけ、「ダンスをするように」生きる生き方。アドラー心理学は「いま、ここ」を生きないことを最大の「人生の嘘」ととらえ、個人がそこから解放され、エネルゲイアな人生を送れるようになることを目的にしている。

そして、エネルゲイアな人生を生きるために重要な概念は「他者貢献」だと断言している。

一見、利己的な刹那主義と「いま、ここ」を楽しむエネルゲイアな人生は似通っているように見えるが、この2つを区別しているのが、「他者貢献」である。

アドラー心理学では、まずは「課題の切り分け」により個人が他者からの視点を交えずに自分の能力とその限界を認識できるようになることつまり自己受容することにより、人を敵と味方にわける二元論的な価値観から解放され全ての他者を条件なしで「仲間」と思えるようになる(=他者信頼)ことを求めている。

他人から承認を求めるのでもなく、目的や理念のために自己を犠牲にするのでもなく、自分が自分の価値を実感するために「私は他人のために何ができるのか」を目的にしながら働くことができるようになることを最終地点だと提唱している。
これが他者貢献である。

例えば「『けち』と『倹約』の違いは何か?」というのは経済や社会の倫理の問題を考える上で重要な問いであるが、他者貢献の有無だといえる。「倹約」を家訓とした江戸時代の商家が飢饉や大火事が起きた際に積極的に奉仕活動を行なったことが良い例であるが、「けち」はあくまで利己的な人が自分のためにやるもの、「倹約」はみんなのために不必要な資源の浪費を抑えること考えることができる。

アドラーは「人生に一般的な意味はない」と言っている。その人が自分に人生に一般的でない自分だけの意味付けをしなくてはならないということだ。そしてその意味付けには他者貢献が必要だという。

自分が死んでも世の中は続いて行く。私は自分が死んだあとに、ささいなことでいいから「これはあの時代の大人のおかげだ」と言われるようなことをしてから死にたいとおもう。そのために「いま、ここ」に全力を尽くしたいと決心した。

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